【観光スポット】2022年の本格的な着工開始前に首里城の状況を見てきた!今だから見れる首里城に行こう!

イニー
2021.09.07 188 views

 

2019年10月31日午前2時半ごろに火災が発生し、全焼6棟、部分消失2棟の計8棟が被害に遭いました。

なかでも正殿が全焼した事は沖縄県内外、国外からも悲しみの声が上がりました。

2022年から本格的に再建が始まる首里城の現在の状況をお届けします。

 

正殿への道(無料エリア)

 

【守礼門(しゅれいもん)】

沖縄戦で破壊され、現在の門は1958年(昭和33)に復元されたものです。

門に書かれている『守禮之邦(しゅれいのくに)』は「琉球は礼節を重んずる国である」という意味です。

2000年の沖縄サミット開催を機に発案され発行された2000円札の絵柄になっている門ですよ!

 

【園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)】世界遺産

沖縄戦で一部が破壊されましたが1957年に復元され2000年には世界遺産に登録されました。

国王が外出する際に安全祈願をした礼拝所です。門の形をしていますが人が通る門ではなく、神への礼拝の門だったと言える場所です。

 

【歓会門(かんかいもん)】

沖縄戦で焼失し現在は1974年に復元されたものです。

首里城の城郭(じょうかく)へ入る第一の正門で、歓会とは「歓迎する」という意味です。

アーチ状の門の上に載せられるように櫓が建てられている様式。

門の両側には、沖縄といえば!のシーサーが魔除けとして置かれ、門番をしています!

 

【龍樋(りゅうひ)】

沖縄戦で一部破壊されましたが修復し設置された約500年前の彫刻が現存しています。

歓会門を抜けて、第二の門『瑞泉門』の手前右側にある湧水が湧き出している場所。

龍の彫刻は1523年に中国からもたらされ、龍の口から湧き出ているので、『龍樋』と名付けられています。この湧水は王宮の飲料水などに使用されていたそうです。

 

500年前のものが沖縄戦で一部破壊されながらも残ってるって驚き!!

それに、龍の口から湧水を流したのも面白いですよね〜!

 

【瑞泉門(ずいせんもん)】

沖縄戦で焼失しましたが、1992年に復元されました。

第二の門『瑞泉門』の瑞泉は「めでたい泉」という意味で、門の手前にある湧水から名付けられています。特徴的な朱色の櫓は双璧の門の上に載っかっている様式で、双璧の上に櫓を建てるのは日本本土の城門で見られる様式です。こちらも両側にはシーサーが魔除けとして置かれ、門番中!

 

同じ首里城内でもシーサーの表情が歓会門と瑞泉門で違う!挨拶がてらに見てみてね♪

 

【首里森御嶽(すいむいうたき)】

沖縄戦で焼失し、1997年に復元されました。

首里森(すいむい)とは首里城の別称で、この御嶽は首里城内で最も格式の高い拝所です。首里城が築城されるより前からあり、琉球最古の歌集『おもろさうし』にも首里森御嶽に関する歌が出てきます。

「琉球開闢(かいびゃく)神話」では神が造られた聖地であるとされています。

 

こんな聖地が首里城にあったとは、、、

不覚ながら今回初めて知りました。常にパワーMAXのイニーですが、拝んでパワーを補充しました。

 

【大龍柱補修展示室】

正殿の正面に建っていた2本の龍柱。火災の影響を受けながらも、崩れ落ちる事なく立っていたそうです。

しかし、損傷が多く土台から取り外し補修が行われ、新しく造られる令和の大龍柱の見本として活用するまでの約2年間公開されてます

 

【奉神門(ほうしんもん)】

門の北側部分(写真左上の屋根)が火災で一部焼失の被害に遭いましたが、修復されています。(写真の左上の屋根で、隣の屋根と比べて新しくなっています。)

建物は明治末期頃に撤去され、1992年に外観が復元されましたものです。

「神をうやまう門」という意味になります。御庭(うなー)へ進む最後の門で、現在は無料エリアと有料エリアの改札部分です。

 

現在の正殿跡エリア(有料エリア)

 

【御庭(うなー)】

現在は仮設の通路が整備され、残存物が置かれたりしています。

首里城の正殿、南殿、北殿に囲まれていた中庭で、年間を通じて様々な儀式が行われた広場になります。中央の道を「浮道(うきみち)」といい、国王や冊封使など限られた人だけが通れた道でした。

 

【正殿遺構(せいでんいこう)】世界遺産

全焼した首里城正殿が建っていた場所になります。世界遺産に登録されている15世紀ごろの正殿遺構が一部見れます。正殿遺構の大部分は地中に埋まっているため、火災による大きな被害はありませんでしたが、研究・展示で露出している部分が焼け焦げてるようにも見えます。

 

この遺構は大変貴重な文化財で、今はかなり見やすくなっています。

 

焼失した正殿の柱の下にあった礎石(そせき)と言われる、柱の沈下を防ぐための土台になる石をみれ、まさに縁の下の力持ち!見えないところで支えてくれてた石があったとは、これも今だから見れる景観です。正殿の裏手にあたる場所からの見た様子です。

 

【復興展示室( 寄満(ゆいんち)跡 )】

正殿遺構の後方(南)で火災で焼失した寄満という建物がありました。国王などの食事を調理する建物があった場所で、現在は復興展示室があります。

 

展示室内は、映像や焼け落ちた装飾品が展示されており、壊れた装飾品は見てると痛々しさがあります

 

正殿遺構の後方には火災を免れました建物があります。

 

【女官居室(にょかんきょしつ)】

国王の身の回りの世話をしていた女官の居室は現在、休憩所とミュージアムショップになっています。

休憩スペースには首里城に関しての資料が見れるタブレットが設置されていて、自由に閲覧することができますよ

 

ミュージアムショップには首里城グッズや沖縄経済同友会考案の首里城復興&SDGs応援バッジも販売されています♪実はイニーも付けてます

 

首里城バッチとは!?

沖縄経済同友会が考案。

売上の25%を2019年10月31日に焼失した沖縄県のシンボル「首里城」の復興及び、国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)に関わる活動(団体等)に対して寄付されます。バッジはSDGsの17色でデザインされ、衣服に優しいマグネットタイプです。

 

首里城バッチはオンラインで下記のサイトから購入可能です

 

 

 

【世誇殿(よほこりでん)】

2019年に外観が復元されました。場内の東側にあり火災を免れました。

未婚王女の日常の居室で、国王が亡くなると次期国王の即位の儀礼が行われた場所です。

 

現在は休憩スペースと巨大なタッチパネルが設置されており、首里城をバーチャルで見ることができ、実際に触ることもできますよ♪

戦前や火災直後なども見ることが出来て、お城の周りが現代との違いがわかって、とても楽しいですよ。

 

【東のアザナ(あがりのあざな)】

2019年に公開されたエリアで世誇殿を抜けた奥にある物見台です。

方角の東を方言で「アガリ」と言い「アザナ」は物見台という意味で東にある物見台という意味になります。標高約140mの場所に位置しており、西側には城内と那覇や浦添方面の街並みが広がります。天候が良ければ慶良間諸島も見えます♪

 

東側は眼下すぐに住宅街があり、奥に見える山のような部分は知念半島で、天気がいい日はその奥には神の島と言われる久高島の一部が見れます。

とても見晴らしの良い場所なので見逃さず行ってくださいね♪

 

再建が近づく首里城正殿

 

2019年10月31日に首里城の正殿が火災により焼失してしまいましたが、火災を免た建物やエリア、被災を受けた残存物、建物がなくなりこの状況下で見学できる物もありますよ。

首里城正殿は2022年に本格的に再建へ着工し、2026年の完成を目指しています。

有料エリア内ですが、今だから見れる景観を皆さんも一度見て見ませんか?

 

 

【再建がスムーズに進んでいくことを願っています!祈願のイニージャンプ!】

 

営業時間 無料エリア(歓会門以降)8時30分〜18時
有料エリア(奉神門以降)9時〜17時30分 ※入場券販売17時最終締め切り
休場日 7月の第1水曜日とその翌日
備考 新型コロナウイルス感染状況により休館になる場合がございます。
マップコード 33161497*55
住所 〒903-0815 沖縄県那覇市首里金城町1丁目-2 

 

 

イニー

この記事を書いた人:イニー

沖縄生まれ沖縄育ちの県産品。 飛行機とコーヒーが大好き! 飛行機好きが影響してか自分が飛ぶことにもハマり中! 旅行プランはコーヒーショップ巡りと飛行機撮影ができれば満足な変わり者。 悩みは腰痛がキツイこと。